東京高等裁判所 平成4年(行ケ)245号 判決 1995年10月31日
アメリカ合衆国 ニュージャージー州 07962
モーリスタウン コロンビア・ロード 101
原告
アライド シグナル インコーポ レーテッド
同代表者
ジェラード ピー ルーニー
同訴訟代理人弁護士
大場正成
同
近藤恵嗣
同
深井俊至
同訴訟代理人弁理士
社本一夫
同
野口良三
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
同指定代理人
青山紘一
同
吉野日出夫
同
花岡明子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が平成2年審判第16137号事件について平成4年7月23日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2項同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
訴外アライド・コーポレーションは、名称を「高強力、高モジュラスの結晶性熱可塑物品の製造方法及び新規製品なる繊維」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1981年4月30日及び1982年3月19日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年4月30日特許出願(昭和57年特許願第73297号)をし、昭和57年8月10日手続補正した。原告は、1987年(昭和62年)9月30日訴外アライド・コーポレーションを吸収合併し、合併に伴い、本件特許出願に係る発明を含め、訴外アライド・コーポレーションの有する権利義務を包括的に承継した。原告は、平成2年1月25日手続補正したが、同年5月14日拒絶査定を受けたので、同年9月10日審判を請求し、平成2年審判第16137号事件として審理され、同年10月8日手続補正し、さらに平成4年4月15日手続補正したところ、同年7月23日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年9月2日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。
2(1) 平成4年4月15日付け手続補正により補正された本願明細書の特許請求の範囲(以下「新特許請求の範囲」という。)1項
「高強力、高モジュラスのポリオレフィン繊維の連続製造法にして、次の:
a)重量平均分子量が少なくとも1,000,000のポリエチレン及び重量平均分子量が少なくとも750,000のポリプロピレンより成る群から撰択されるポリオレフィンの、濃度が溶剤の単位重量当たりの重合物の重量にて表現して第一濃度と定められる、第一温度において非揮発性の第一溶剤溶液を形成する工程;
b)前記溶液を孔から押し出す工程;この場合前記溶液の温度は孔の上流において前記第一温度以上であり、かつ前記溶液は孔の上流及び下流の双方において実質的に第一濃度にある;
c)孔から流出している前記溶液の流れを孔の近辺とその下流において前記第一温度からゴム状ゲル繊維の形成温度より低い第二温度に冷却する工程;
d)形成されたゲル繊維から第一溶剤を第二の揮発性溶剤にて抽出する工程;
e)第二溶剤を含有するゲル繊維を乾燥して第一溶剤及び第二溶剤を含まない、気孔率が10%未満の連続キセロゲル繊維を形成する工程;
f)(ⅰ)工程c)からの第一溶剤を含有するゲル繊維、及び
(ⅱ)工程e)からのキセロゲル繊維
の少なくとも一方を、第二溶剤を含有する前記ゲル繊維の延伸を2:1未満に制限しつつ、
1)ポリエチレンの場合には、少なくとも20g/デニールの強力と少なくとも500g/デニールの引張りモジュラスを達成するのに十分な全延伸比、及び
2)ポリプロピレンの場合には、少なくとも8g/デニールの強力と少なくとも160g/デニールの引張りモジュラスを達成するのに十分な全延伸比
にて延伸する工程;ここで(ⅰ)及び(ⅱ)についての各延伸工程は乾燥工程e)とは分離して行われる;
の諸工程から成る、前記ポリオレフィン繊維の連続製造法。」(以下本項記載の発明を「本願第1発明」という。)
(2) 新特許請求の範囲10項
「 重量平均分子量が少なくとも1,000,000のポリエチレン及び重量平均分子量が少なくとも750,000のポリプロピレンより成る群から選択されるポリオレフィンの実質的に不定長の繊維にして、ポリエチレン繊維の場合は少なくとも20g/デニールの強力、少なくとも500g/デニールの引張りモジュラス、5%以下のクリープ値(23℃にて50日間にわたっての破断荷重10%での測定値)、10%未満の気孔率及び少なくとも147℃の融点を有し、ポリプロピレン繊維の場合は少なくとも8g/デニールの強力、少なくとも160g/デニールの引張りモジュラス、10%未満の気孔率及び少なくとも168℃の融点を有する、前記ポリオレフィン繊維。」(以下本項記載の発明を「本願第2発明」という。)
別紙図面参照
3 審決の理由の要点
(1) 前記補正後の明細書の新特許請求の範囲1項及び10項は、前項記載のとおりである。
(2) 一方、特許庁が平成3年9月27日付けで通知した拒絶理由(以下「本件拒絶理由」という。)の概要は、本件出願は、特許法(昭和62年法律第27号による改正前の規定。以下同じ)38条ただし書に規定する要件を満たしていない(理由Ⅰ.)、及び、本件出願は、特許法36条3、4項に規定する要件を満たしていない(理由Ⅱ.)、というものである。
(3) 本件出願は、上記拒絶理由通知に対応し、平成4年4月15日手続補正されたので、補正された明細書の記載に従って検討する。
新特許請求の範囲10項は、その末尾は「ポリオレフィン繊維」としているが、その本文中では「ポリエチレン繊維」と「ポリプロピレン繊維」についてそれぞれが個別に記載されている。すなわち、ポリエチレン繊維については、「重量平均分子量が少なくとも1,000,000のポリエチレン、…少なくとも20g/デニールの強力、少なくとも500g/デニールの引張りモジュラス、5%以下のクリープ値(23℃にて50日間にわたっての破断荷重10%での測定値)、10%未満の気孔率及び少なくとも147℃の融点を有し」と、また、ポリプロピレン繊維については、「重量平均分子量が少なくとも750,000のポリプロピレン、…少なくとも8g/デニールの強力、少なくとも160g/デニールの引張りモジュラス、10%未満の気孔率及び少なくとも168℃の融点を有する」と規定し、両者を合わせて「ポリオレフィン繊維」としている。
そこで検討すると、上記のポリエチレン繊維及びポリプロピレン繊維は、気孔率が10%未満である点では共通するものの、それぞれの原料及び繊維として特有の構造・物性(重量平均分子量、繊維強力、引張りモジュラス、クリープ値、融点)を各々独立に規定し、しかもこれらの点は発明の主要部を構成するものであるから、特許請求の範囲の末尾がポリエチレン繊維及びポリプロピレン繊維の上位概念である「ポリオレフィン繊維」と包括的に表現されていても、新特許請求の範囲10項には実質的には「ポリエチレン繊維」及び「ポリプロピレン繊維」の2発明が記載されているものとするのが相当である。
次に、新特許請求の範囲1項にも、ポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維が、重量平均分子量、強力、引張りモジュラスに関してそれぞれ独立に規定しており、それらは発明の主要部を構成するものであるから、同項にも複数発明が記載されているものとするのが相当である。
してみれば、新特許請求の範囲1項及び10項にはそれぞれ複数発明が包含されており、発明の単一性を有しないから、本件出願は、発明ごとにしなければならないと規定した特許法38条の要件を満たしていない。
(4) 次に、新特許請求の範囲1項には、f)工程として「(ⅰ)工程c)からの第一溶剤を含有するゲル繊維、及び(ⅱ)工程e)からのキセロゲル繊維の少なくとも一方を、第二溶剤を含有する前記ゲル繊維の延伸を2:1比未満に制限しつつ、…延伸する工程…から成る、前記ポリオレフィン繊維の連続製造法」と記載されているが、この記載は、
<1> a)~e)の工程を経た後、ゲル繊維又はキセロゲル繊維の状態で2:1比未満に延伸を制限したうえで本延伸することのほか、
<2> 第二溶剤を含有するゲル繊維を延伸してポリオレフィン繊維を製造する第1の製造方法及びゲル繊維を乾燥して第二溶剤を含有しないキセロゲル繊維としてこれを延伸してポリオレフィン繊維を製造する第2の製造方法の2つの製造方法を包含するものとも解される、
ので、新特許請求の範囲1項は、その他について検討するまでもなく、発明の構成要件を明確に示しているとは認められない。
してみれば、この点で、本件出願は、特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。
(5) したがって、本件出願は、前記手続補正によるも、特許法38条及び同36条4項に規定する要件を満たしていないので、拒絶すべきものである。
4 審決の取消事由
(1) 審決の認定判断についての認否は、以下のとおりである。
<1> 審決の理由の要点(1)は認める。
<2> 同(2)は認める。
<3> 同(3)のうち、新特許請求の範囲10項の記載事項は認めるが、同項に実質的には「ポリエチレン繊維」及び「ポリプロピレン繊維」の2発明が記載されていることは争う、新特許請求の範囲1項の記載事項も認めるが、同項に複数発明が記載されていることは争う、したがって、上記各項にはそれぞれ複数発明が記載されており、特許法38条の要件を満たしていないとの判断は争う。
<4> 同(4)のうち、新特許請求の範囲1項の記載事項及びこの記載についての判断<1>は認めるが、<2>は争う、したがって、同項は発明の構成要件を明確にしているとは認められず、特許法36条4項に規定する要件を満たしていないとの判断は争う。
<5> 同(5)は争う。
(2) 審決の取消事由は、以下のとおりである。
<1> 審決は、新特許請求の範囲1項、10項にはそれぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないから、上記各項は特許法38条の要件を満たしていない、新特許請求の範囲1項には2つの製造方法を包含していると解されるので、同項は特許法36条4項に規定する要件を満たしていないという理由を挙げているが、原告は、当該拒絶理由の通知を受けておらず、審決には、事前に原告に意見を聞く機会を与えずに審決をした特許法159条、50条に違反した違法がある。(審決の手続的違法)
<2> 審決は、新特許請求の範囲1項、10項にはそれぞれ単一の発明が記載されているにもかかわらず、上記各項にはそれぞれ複数の発明が包含されていると誤った認定判断をし、新特許請求の範囲1項には1つの発明思想に基づく1つの発明が明確に記載されているにもかかわらず、2つの製造方法を包含するものと解されると誤った認定判断をした違法がある。(審決の実体的判断の誤り)
<3> 被告は、新特許請求の範囲1項について、特許法38条本文に規定する要件不備の拒絶理由の通知がなされたと主張するが、本訴における被告のこの主張は、禁反言の法理ないし信義則違反、民事訴訟法317条該当行為、被告の不正行為に該当するものであって、許されない。(被告の信義則違反など)
(3) 取消事由1(審決の手続的違法)
<1> 新特許請求の範囲1項、10項には、それぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないとの拒絶理由通知を受けていないという点について
イ.被告は、この点に関する拒絶理由は、平成3年9月27日付け拒絶理由通知書(甲第7号証、以下「本件拒絶理由通知書」という。)の理由Ⅰ.に記載されていると考えているようである。
しかしながら、理由Ⅰ.の第2段落では、原告のした平成2年10月8日付け手続補正書記載の特許請求の範囲(甲第4号証、以下「旧特許請求の範囲」という。)1項、9項、15項、18項について、「いずれの項の発明を特定発明としても、他の発明が特許法38条ただし書各号のいずれの関係も満足していない」というのであって、審決の理由と全く異なっている。
ロ.上記理由Ⅰ.の第3段落では旧特許請求の範囲1項について、「それ自体に複数ポリマーに関する複数発明が包含されている」と記載されているが、いかなる複数発明が包含されているのか明らかにされていない。
ここにいう1項は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン-1、ポリ(4-メチルペンテン-1)というポリマーに関する旧特許請求の範囲1項のことであり、どのポリマーとどのポリマーに関する複数発明なのか明らかでない。
したがって、本件拒絶理由通知書の上記記載は、新特許請求の範囲1項について複数発明が包含されているとした審決の拒絶理由とみることはできない。
ハ.新特許請求の範囲10項は、旧特許請求の範囲9項、15項を1つの請求項にまとめ所要の訂正を加えたものであるが、審決が対象としている新特許請求の範囲10項に複数発明が包含されているという拒絶理由通知を原告は受けていない(なお、旧特許請求の範囲18項は分割出願された。)。
<2> 新特許請求の範囲1項は、2つの製造方法を包含するものと解されるので、発明の構成要件を明確に示しているとは認められないとの拒絶理由通知を受けていないという点について
被告は、この点に関する拒絶理由は、本件拒絶理由通知書の理由Ⅱ.の1中「特許請求の範囲第1項の記載は、発明の構成が不明瞭」との一文で示されていると考えているようにも思われる。
しかし、「発明の構成が不明瞭」だけでは何をもって不明瞭としているのか全く判明しない。しかも、これは旧特許請求の範囲1項に関する拒絶理由であって、新特許請求の範囲1項に関するものではない。
(4) 取消事由2(審決の実体的判断の誤り)
<1> 新特許請求の範囲1項、10項には、それぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないとの点について
イ.審決は、新特許請求の範囲10項について、ポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維が、それぞれ重量平均分子量、繊維強力、引張りモジュラス、クリープ値、融点が異なることをもって、「ポリエチレン繊維」と「ポリプロピレン繊維」の2発明が記載されていると認定している。
しかしながら、同項は、高強度、高モジュラス、高靱性、高度の寸法安定性と加水分解安定性、長期荷重下での高度の耐クリープ性の耐荷重エレメント(甲第2号証、本願明細書13頁13行ないし15行)を備えたポリヱチレン繊維及びポリプロピレン繊維を包括して、ポリオレフィン繊維と記載している。
同項記載のポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維は、新特許請求の範囲1項に記載のゲル紡糸法と同じ方法によって製造されるものであって、産業上の利用分野も同じであり、当業者にも高強度、高モジュラス、高靭性、高度の寸法安定性と加水分解安定性、長期荷重下での耐クリープ性に富むポリオレフィン繊維として、1つの発明品として認識されるものである。
一般にも、ポリエチレンとポリプロピレンは代表的なポリオレフィンとして、同様な物質として扱われることも多い。
よって、新特許請求の範囲10項に記載のポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維は、1つの発明思想に基づき、同一の産業分野に利用され、そこでの技術上の課題を解決し、同じ製造方法で製造された1つの発明品である。
ロ.また、新特許請求の範囲1項は、同10項に記載のポリオレフィン繊維の製造方法であって、a)~f)の工程によって、同10項記載のポリオレフィン繊維を製造するという1つの発明が記載されている。
原料ポリマーとして、ポリエチレンとポリプロピレンを選択した場合とで、重量平均分子量、強力、引張りモジュラスに関して記載が異なることになるが、別個の2つの方法を示しているのではなく、1つの発明思想に基づく同一の方法をポリエチレンとポリプロピレンに適用する場合、同1項のような記載方法となるにすぎない。
<2> 新特許請求の範囲1項には、2つの製造方法が包含されると解されるので、発明の構成要件を明確に示しているとは認められないとの点について
審決は、同項のf)工程について、「第二溶剤を含有するゲル繊維を延伸してポリオレフィン繊維を製造する第1の製造方法及びゲル繊維を乾燥して第二溶剤を含有しないキセロゲル繊維としてこれを延伸してポリオレフィン繊維を製造する第2の製造方法の2つの製造方法を包含するものとも解される」と述べている。
しかし、同項には、「第二溶剤を含有するゲル繊維を延伸してポリオレフィン繊維を製造する方法」は包含されていない。
同項には、「f)(ⅰ)工程c)からの第一溶剤を含有するゲル繊維、及び(ⅱ)工程e)からキセロゲル繊維の少なくとも一方を、…にて延伸する工程;ここで(ⅰ)及び(ⅱ)についての各延伸工程は乾燥工程e)とは分離して行われる;」と記載されている。
これは、下記の3つの場合があることを意味している。
イ.工程c)-工程c)からの第一溶剤を含有するゲル繊維を延伸-工程d)-工程e)
ロ.工程c)-工程d)-工程e)-工程e)からの第一溶剤及び第二溶剤を含まないキセロゲル繊維を延伸
ハ.工程c)-工程c)からの第一溶剤を含有するゲル繊維を延伸-工程d)-工程e)-工程e)からの第一溶剤及び第二溶剤を含まないキセロゲル繊維を延伸
願書添付のFIG.5(甲第2号証)において、延伸工程は要素52~72からなるFである。しかし、その他の部分(例えば、急冷浴30内、溶剤抽出装置37内、乾燥装置45内、溶剤抽出装置37と乾燥装置45の間)でも繊維のある程度の延伸(例えば2:1)が行われることがある。f)工程に、「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維を延伸を2:1比未満に制限しつつ」とあるところの延伸は、後者の延伸に関するものである。
f)工程の記述中に「2:1比未満に制限しつつ」という限定があるので紛らわしいことは否めないが、明細書の説明を対比して読めば、この制限がf)工程の延伸の前提条件として、f)工程以外の機会における延伸を制限していることは、明白である。
したがって、f)工程の意味は、次のように要約できる。
イ.全延伸比が所定の値となること
ロ.少なくとも(ⅰ)または(ⅱ)の繊維について延伸が行われること
ハ.(ⅰ)にも(ⅱ)にも該当しない「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維」が延伸されることは排除しないがその延伸比が2:1比未満に制限されることこのように、新特許請求の範囲1項には、審決のいう第1の製造方法は、包含されていない。
(5) 取消事由3(被告の信義則違反など)
<1> 禁反言の法理ないし信義則違反について
被告は、平成5年2月12日付け本訴における釈明書で、審決には、以下の欠落、すなわち、
「[2]一方、当審において、平成3年9月27日付けで通知した拒絶の理由の概要は、本件出願は特許法第38条ただし書に規定する要件を満たしていない(理由Ⅰ.)、及び本件出願は特許法第36条第3、4項に規定する要件を満たしていない(理由Ⅱ.)、というものである。」
があると主張し、また、同月23日付け更正決定(以下「本件更正決定」という。)で同様の内容の更正をした。
原告は、同年3月1日の第1回準備手続において、これに対し、「これは、拒絶理由通知の理由と審決の理由に齟齬があることを特許庁自ら認めたようなものである。特許法38条ただし書に規定する要件を満たしていないということで拒絶理由通知がなされているが、審決は同法38条本文を適用している」と主張した。
被告は、原告のこの主張を聞いた後、同年4月27日付け準備書面において、「本件拒絶理由通知書…の理由Ⅰ.では、「本件出願は…特許法第38条に規定する要件を満たしていない…」としたうえで、「…第1項…には、それ自体に複数のポリマーに関する複数発明が包含されている…」と指摘している。なお、上記理由は、特許法第38条のただし書に限定していない。したがって、新特許請求の範囲1項に関して、拒絶の理由が通知されていることは明白である。」と主張した。
このような主張をすることは、禁反言の法理ないし信義則上許されない。
<2> 民事訴訟法317条該当行為について
原告は、平成5年2月24日付け準備書面において、
「本件拒絶理由通知書の理由Ⅰ.は、特許法38条ただし書各号のいずれの関係も満足していないという併合出願の要件について述べたものであり、原告は、新特許請求の範囲1項、10項にはそれぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないという拒絶理由通知を受けていない」という主張をした。
以上を立証するために、本件更正決定原本、特に、「拒絶の理由の概要は、本件出願は特許法第38条ただし書に規定する要件を満たしていない(理由Ⅰ.)…というものである」との記載部分は、重要な証拠となる。
しかるに、被告は、原告の立証を妨げる目的で、最も重要な本件更正決定中の「ただし書」の部分を削除し、原告がこれを証拠として使用することができないようにした。
更正決定原本は、原告が被告に対して閲覧を求めることができる文書であるから、民事訴訟法312条2号に該当し、本件では、1号、3号にも該当する。したがって、更正決定原本は、「提出ノ義務アル文書」であるところ、被告は、これを毀滅し、その他これを使用することをできないようにしたのであるから、民事訴訟法317条もしくはその趣旨により、「本件拒絶理由通知書の理由Ⅰ.は、特許法38条ただし書各号のいずれの関係も満足していないという併合出願の要件について述べたものであり、原告は、新特許請求の範囲1項、10項にはそれぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないという拒絶理由通知を受けていない」という原告の主張は、認められるべきである。
<3> 被告の不正行為について
本件拒絶理由通知書の理由Ⅰ.末尾には、「第1項…には、それ自体に複数ポリマーに関する複数発明が包含されている」との記載があるが、当該部分は全く拒絶の理由を示したものとは考えられないことは、取消事由1に示したとおりである。
被告自らも、理由Ⅰ.は、特許法38条ただし書に規定する要件を満たしていないという理由でしかないことを認めていたのである。
ところが、審判長は、第1回準備手続終了後、本件更正決定原本の「ただし書」の部分を削除し、さらに同決定謄本の同部分を削除しようとした。これは、審判長としての職権を濫用して公文書を変造し、さらに公文書の変造を図ったものといえるから、刑法156条の有印虚偽公文書変造罪にも該当するような不正行為である。
このように、審判長が不正行為をして、「原告は、新特許請求の範囲1項について、特許法38条ただし書に規定する要件を備えていないという拒絶理由通知しか受けていない」という原告の主張の立証を妨げたうえに、被告において「同項についての拒絶理由は、特許法38条ただし書に限定していないから、原告が拒絶理由の通知を受けていることは明白である」というような主張をすることは、権利の濫用であって、許されない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
2(1) 取消事由1(審決の手続的違法)について
<1> 新特許請求の範囲1項、10項には、それぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないとの拒絶理由通知を受けていないという点について
イ.本件拒絶理由通知書の理由Ⅰ.では、「本件出願は、下記の点で特許法第38条に規定する要件を満たしていないものと認める。」との表題のもとに、「また、第1項及び第18項には、それ自体に複数のポリマーに関する複数発明が包含ざれている。」と記載している。
「特許法第38条に規定する要件を満たしていない」との表題からは、通常、特許法38条ただし書及び38条本文の拒絶理由が通知されていることを意味しているし、また、「第1項及び第18項には、それ自体に複数のポリマーに関する複数発明が包含されている。」との記載からは、特許法38条本文の拒絶理由が明確に通知されていることを示していることは明らかである。
なお、本件拒絶理由通知に対し、原告は、これに対応した明細書の補正を行い、面接などの対応もし(乙第1号証)、原告の平成4年6月29日付け特許庁宛回答書(乙第2号証)に添付された「[特許請求の範囲]の補正案」によれば、「ポリエチレン、ポリプロピレン…ポリオレフィン繊維」を「ポリエチレン繊維」に訂正しようとしており、原告自ら2発明が含まれることを認めていたことが明らかである。
そして、審決の理由(3)の冒頭には、「上記拒絶理由通知に対応して特許請求の範囲ほか明細書の記載が平成4年4月15日付け手続補正書により補正されたので、補正された明細書の記載に従って検討する。」と記載されているから、審決は、本件拒絶理由通知書記載の理由に基づいてなされたものであることは明らかである。
ロ.原告は、新特許請求の範囲1項について、「複数発明が包含されているとの拒絶理由の通知は受けていない」と主張する。
しかしながら、旧特許請求の範囲1項と新特許請求の範囲1項とは、ともに製造方法の発明であって、後者は前者を技術的に限定してはいるものの、前者における拒絶理由が後者において依然として解消しないまま拒絶理由として存在していることは明らかであるから、原告のこの主張は独自の見解であって失当である。
ハ.原告は、新特許請求の範囲10項について、「複数発明が包含されているという拒絶理由通知は受けていない」と主張する。
しかしながら、上記のように、旧特許請求の範囲1項及び18項に対し、特許法38条本文の理由が通知されており、これに対し補正された平成4年4月15日付け手続補正書の記載内容を検討した結果、同10項には、なお、ポリエチレン及びポリプロピレンに関する複数発明が記載きれていると判断したものであって、依然として拒絶理由が解消しないで存在しているとみるべきものである。
したがって、この趣旨でなした審決の判断に誤りはなく、原告の上記主張は当を得ないものである。
<2> 新特許請求の範囲1項には、2つの製造方法を包含するものと解されるので、発明の構成要件を明確に示しているとは認められないとの拒絶理由通知を受けていないという点について
本件拒絶理由通知書の理由Ⅱ.では、「本件出願は、明細書の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第3、4項に規定する要件を満たしていない。」との表題のもとに、「特許請求の範囲第1項の記載は、発明の構成が不明瞭。」と明確に記載している。
本願第1発明は、旧特許請求の範囲1項の発明とともに製造方法の発明であって、前者は後者を技術的に限定しているものの、後者における拒絶理由が前者において解消していないので、審決では、新特許請求の範囲1項は、その製造方法の中でf)工程については不明瞭な点が依然として解消していないことから、2つの製造方法を包含するものと解されるとし、発明の構成要件を明確に示しているとは認められないと認定判断したものである。
したがって、原告の当該拒絶理由通知を受けていないとの主張は失当である。
(2) 取消事由2(審決の実体的判断の誤り)について
<1> 新特許請求の範囲1項、10項には、それぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないとの点について
イ.原告は、新特許請求の範囲10項の主張において、なぜ本願のゲル紡糸ポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維が1発明となるのか何ら説明していない。
本願の、ポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維が構造と物性において著しく相違することは、同項の記載などからみても明らかであり、両都が別の発明と認識すべきものであることは技術常識である。
そもそも、本願発明は、超高分子量(100万以上)のポリエチレンをゲル紡糸し、高倍率(20倍以上)に延伸することによって製造されるアラミド繊維の強度・弾性率と同等かそれを超える超高強力ポリエチレン繊維に関する-連の技術に属するものである。
超高強力ポリエチレン繊維は、ゲル状態において超延伸することによって折り畳み分子鎖を完全に解きほぐす(乙第4号証、596頁、図2の(b)または(c)の状態とする)ことで、従来のポリエチレン繊維とは比較の対象とならない程の超高強力繊維となるものである(乙第4号証)。
一方、ポリプロピレン繊維には、このような状況は生じない。
アラミド繊維は、一般に、強度が18~28g/デニール、弾性率が400~1100g/デニールである超高強力繊維の代表例であり、その特性を活かした産業用などの新しい用途に用いられている(大型船舶の係留ロープ、高級タイヤ、コンポジット用繊維、防弾チョッキなど)。
これを代替できるものとして期待されているのが、ゲル紡糸による超高強力ポリエチレンである。
したがって、旧来のポリエチレン繊維と区別し、アラミド繊維以上の強度・弾性率を有するものを超高強力ポリエチレン繊維と呼ぶのが斯界の常識である(乙第4号証)。
本願発明のポリエチレン繊維でも、新特許請求の範囲10項において、「少なくとも20g/デニールの強度」、「少なくとも500g/デニールの引張りモジュラス」とし、実施例では、前記アラミド繊維の強度・弾性率と同等かそれを超える超高強力ポリエチレン繊維が開示されている。
これに対し、ポリプロピレン繊維にあっては、たとえゲル紡糸によってもアラミド繊維の強度・弾性率を超える超高強力繊維は得られず、超高強力ポリエチレン繊維と同一の用途に使用することはできない。
本願発明のポリプロピレン繊維でも、新特許請求の範囲10項において、「少なくとも8g/デニールの強度」、「少なくとも160g/デニールの引張りモジュラス」とし、実施例では、8.8~13.0g/デニールの強度、220~298g/デニールの引張りモジュラスのポリプロピレン繊維が開示されている(実施例552~558)。
かかるポリプロピレン繊維は、他の紡糸法による市販のものと格別な差がなく、いわんや超高強力繊維とはほど遠いものにすぎず、用途も自ずと限られる。
これからみても、両者は、技術的にも全く別のものであることが理解される。
本願発明の「ポリオレフィン」のような上位概念で発明を1発明として表現してもよい場合は、その下位概念のものがそれぞれ類似の性質又は機能を有する場合に限られると解すべきである。
本願発明のゲル紡糸ポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維は、上記のように、一方が超高強力繊維であるのに対し、他方は、単なる一般的な繊維にすぎないものであり、技術的課題などをも考慮すれば、両者が「類似の性質又は機能」を有するものということはできない。
また、「ポリエチレン」及び「ポリプロピレン」は、「ポリオレフィン」の一例にすぎないものであるから、「ポリエチレン」及び「ポリプロピレン」が、単に概念上「ポリオレフィン」と、下位概念と上位概念の関係にあるとしても、「ポリオレフィン」と表現することが適切であることにはならないというべきである。
以上述べたことから、新特許請求の範囲10項には複数の発明が記載されているとする審決の認定判断に誤りはない。
ロ.原告は、新特許請求の範囲1項についても、1つの発明思想に基づきポリオレフィン繊維を製造するという1つの発明が記載されていると主張する。
原告のいうように、原料のポリエチレンとポリプロピレンとは、ポリオレフィンという炭化水素樹脂の範疇に属するものであることに異論はない。
しかしながら、本願第1発明は、これらの原料を延伸して高強力、高モジュラスを有する繊維を製造することを主旨とするものであって、本願第1発明で製造されるポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維とは、ポリオレフィン繊維に含まれるものの、性状を異にする別個の製品と解すべきものであると考える。
すなわち、本願明細書の記載内容をみるに、ポリエチレンとポリプロピレンとでは、生成するポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維につき強度などの性質(物性)において著しい相違があり、それゆえ、両者は同様の用途に使用できないものである。
このように、ポリエチレンとポリプロピレンとは、最終製品において「類似の性質又は機能を有するもの」ということはできず、したがって、新特許請求の範囲1項には、相異なる2発明が記載されているとみざるを得ず、単にこれらの原料がポリオレフィンに包含されることだけで発明の単一性を有するとすることはできない。
さらに、同項は、原料がポリエチレンである場合とポリプロピレンである場合とにおいて、必須の構成要件である延伸比を区別して規定しているものであってポリエチレン繊維とポリプロピレン繊維を得るための製造過程を異にするから、課題達成のための解決手段を異にする2発明とみざるを得ない。
以上述べたことから、同項には複数の発明が記載されているとする審決の認定判断に誤りはない。
<2> 新特許請求の範囲1項には、2つの製造方法が包含されると解されるので、発明の構成要件を明確に示しているとは認められないとの点について
この点に関する審決理由は、「f)工程について不明瞭な点が解消していない」ことにある。すなわち、本願第1発明の延伸工程であるf)工程は、延伸の位置(段階)を複数含むように規定されていること、そのそれぞれの延伸段階と「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維の延伸を2:1比未満に制限しつつ」との関係が明確でないこと、及び原料により全延伸比を変更させていること、さらにはf)工程につき乾燥工程e)との前後関係が明確でないこととが相まって、依然として拒絶理由を解消していないとするものである。
原告は、f)工程の意味を、
イ.全延伸比が所定の値となること
ロ.少なくとも(ⅰ)または(ⅱ)の繊維について延伸が行われること
ハ.(ⅰ)にも(ⅱ)にも該当しない「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維」が延伸されることは排除しな
いがその延伸比が2:1比未満に制限されることとしている。
しかしながら、この説明は、特許請求の範囲の記載とは異なっており、原告自ら、特許請求の範囲の記載不備を認めるものである。
また、原告の主張は、下記の点で意味不明又は不明瞭である。すなわち、
イ.「全延伸比」とは何をいうのか不明。
ロ.「所定の値」とは何をいうのか不明。
ハ.「(ⅰ)にも(ⅱ)にも該当しない「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維」とは何をいうのか不明。
ニ.工程c)からの第一溶剤を含有するゲル繊維は第二溶剤を含有しないのではないか。そうすると、「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維の延伸を2:1比未満に制限しつつ」という意味が不明になる。
ホ.「延伸を2:1比」も意味不明である。「延伸比1:2」ということであれば、2倍に延伸することと解することが可能であるが、新特許請求の範囲1項の記載では、「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維の延伸」と相まってなおさら意味不明である。
ヘ.工程e)が最終工程となることが、特許請求の範囲のどこから読めるのか、全く不明である。
このように、本願第1発明の構成要件に関し、f)工程の意味が原告主張のように要約されるとしても、なお上記(a)ないし(f)などに示す技術的事項が意味不明又は不明瞭であるから、同項の記載が不明瞭であるとした審決の判断は正当である。
(3) 取消事由3(被告の信義則違反など)について
<1> 禁反言の法理ないし信義則違反について
原告の主張は、要するに「被告提出の釈明書及び原告提出の更正決定謄本の内容と被告準備書面における被告の主張とは反対である」ことを根拠とするものである。
しかしながら、上記釈明書及び更正決定謄本の内容には、誤記が存在するものである。
すなわち、本件の審決取消訴訟が提起されて後、被告指定代理人が審決を読み返したところ、審決の項目[2]に関する部分が遺脱していることを発見した。
被告は、この点は明白な誤記であるので、平成5年3月1日の第1回準備手続期日に先立ってとり急ぎ釈明書(平成5年2月12日付け)を提出した。その際、この釈明書の2頁15行に「ただし書」を付記するという誤りが生じた。これが明白な誤記であることは、本件拒絶理由通知の内容からみて明らかである。
被告指定代理人は、上記釈明書の提出に引き続き、同月23日付けで本件更正決定を行った。ところが、本件更正決定起案後に更正決定書に釈明書と同じ誤記があることを発見した。そこで、本件更正決定の原本を訂正印により訂正することとした。
しかしながら、請求人(原告)に送付する更正決定書謄本は、すでに原本と分離されており、その時点で原本と一致するように訂正することができなかった。
このため、更正決定原本(乙第3号証)と同謄本(甲第8号証)の内容とが一致しないものとなった。
以上のとおり、被告提出の釈明書及び本件更正決定原本には、「ただし書」を付記したという単なる誤記が存在することは明らかである。
被告は、この誤記(「ただし書」の削除)を同年5月7日の第2回準備手続期日において釈明した。
特許法159条2項で準用する同法50条に規定する拒絶の理由は、「拒絶理由通知書」中の記述に基づいてもっぱら把握すべきものであって、審決後の訴訟の場に提出された釈明書の、しかもその中の単なる誤記によって左右されるものでないことは明らかである。
審決は、本件拒絶理由通知書の理由に基づいてなされたものであるから、被告の同年4月27日付けの準備書面の内容が正当であることはいうまでもない。
<2> 民事訴訟法317条該当行為について
原告は、被告が更正決定中の「ただし書」の部分を削除して原告の立証を妨げたことが民事訴訟法317条に該当すると主張する。
更正決定についての経緯は、上記<1>で述べたとおりであるが、被告は、かかる経緯に基づいて審決の正当性を主張しようとするものではない。審決は、本件拒絶理由通知書の理由に基づいてなされているのであって、このことは、上記<1>で述べたとおりである。
したがって、原告のこの点に関する主張は理解できない。
<3> 被告の不正行為について
原告は、更正決定の訂正が拒絶理由通知の変更をもたらすと主張しているが、誤りである。
審決は、上記<1>で述べたとおり、本件拒絶理由通知書の理由に基づいてなされたものであるから、その手続に審決取消事由があるとすれば、その拒絶理由を根拠として審決の理由が構成されているか否かによって判断されるべきものである。
更正決定は、審決の明白な誤謬を訂正するものであって、その訂正により審決の内容を実質的に変更させてはならない。本件においては、誤謬の内容は本件拒絶理由通知書の理由の記載の遺脱であることは明らかであり、この拒絶理由と内容を異にする更正決定はもとよりなし得ない。この拒絶理由の内容に沿うべくなす更正決定の誤記の訂正は、本件拒絶理由通知書の拒絶理由には何ら影響を及ばすものでないことは明らかである。
原告は、更正決定の訂正が「審判長として…不正行為である」とする。
更正決定には、「ただし書」を付記するという誤記があり、誤記を放置することなく、正しいものに訂正しようとすることが不正であるとする主張は、当を得ない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第2 そこで、以下原告の主張について検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証(昭和57年4月30日付け特許願)、同第3号証(昭和57年8月10日付け手続補正書)、同第4号証(平成2年10月8日付け手続補正書)、同第5号証(平成4年4月15日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願発明は、高強力、高弾性率及び高靱性値を有する繊維又はフィルムなどの結晶性熱可塑物品及びゲル中間体を含むそれらの製造方法に関する。(願書添付の明細書7頁2行ないし4行)
(2) 希薄溶液からの成長により高強力、高弾性率のポリエチレン繊維を調整する方法は、米国特許第4,137,394号、米国特許出願セリアル番号第225,288に記載されており、高強度繊維の調製に関する別法は、スミス、ペニングス及び共同研究者の最近の各種刊行物に記載されている。スミス他のドイツ公開公報第3,004,699号には、ポリエチレンを先ず揮発性溶剤に溶解し、該溶液を紡糸・冷却してゲルフィラメントを形成し、最後にゲルフィラメントに延伸及び乾燥を同時に施して所望の繊維を形成する方法が記載されている。英国特許出願GB第2,051,667号は、重合物溶液を紡糸し、重合物分子量に関連する延伸比にて、該使用延伸比でフィラメントの弾性率が少なくとも20GPaとなるような延伸温度にてフィラメントを延伸する方法を開示している。
カルブ及びペニングスの論文、スムーク他の論文は、ポリエチレンを非揮発性溶剤に溶解し、該溶液を室温まで冷却してゲルを形成する方法につき記載している。この方法では、フィラメントは非均質、多孔性であって、連続延伸で不定長繊維を調整することは不可であった。(同7頁5行ないし9頁6行)
(3) 本願発明は、実質的に不定長の、すなわち無限の熱可塑性成形物品(繊維又はフィルムなど)の製造方法を包含することを目的とし、新特許請求の範囲1項及び10項記載の構成(平成4年4月15日付け手続補正書1頁4行ないし3頁4行、4頁14行ないし6頁12行)を採用した。(願書添付の明細書9頁7行ないし9行、平成2年10月8日付け手続補正書7頁1行ないし3行)
(4) 本願発明によれば、少なくとも20g/デニールの強力、少なくとも500g/デニールの引張りモジュラスという極めて高い強力とモジュラスを有するとともに、5%以下という極めて低いクリープ値も併せ有するポリエチレン繊維、並びに少なくとも8g/デニールの強力、少なくとも160g/デニールの引張りモジュラスという極めて高い強力とモジュラスを有するポリプロピレン繊維を製造することができる。
本願発明の方法によって製造されるポリオレフィン繊維は、また、従来のこの種ポリオレフィン繊維の23~65%という気孔率に比較して10%未満という極めて低い気孔率を有する。繊維の気孔率が低いということは、酸化劣化点が少ないということを意味し、このことが本願発明の繊維が優れた強度的性質を有することの1つの理由となっている。
本願発明の方法によって製造されるポリオレフィン繊維は、さらに、ポリエチレン繊維の場合少なくとも147℃、ポリプロピレン繊維の場合少なくとも168℃という、従来のこの種超高分子量ポリオレフィン繊維より高い融点を有する。繊維が高い融点を持つということは、結晶完全性が高く、したがって、その強度的性質が優れていることを意味する。
本願発明の方法によって製造されるポリエチレン繊維は、また、クリープ値が5%以下と、極めて低い値を持つ。これは、本願発明のポリエチレン繊維が極めて優れた耐クリープ性を持つことを意味する。この優れた耐クリープ性は、高い強力とモジュラスとあいまって、そのポリエチレン繊維を、特に、大型タンカーの係留ロープや深海掘削プラットフォームを水面下の錨に係留するためのロープやケーブルなどの大きな耐荷重性が必要とされる用途において、安全上の問題から太くせざるを得なかった従来のナイロン繊維やポリエステル繊維、あるいは鋼線などのロープやケーブルに代えて、特に太くする必要なしに使用可能とするものである。(平成4年4月15日手続補正書8頁19行ないし12頁9行)
2 次に、原告主張の個々の取消事由について検討する。
(1) 取消事由1(審決の手続的違法)について
<1> 新特許請求の範囲1項、10項には、それぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないとの拒絶理由通知を受けていないという点について
イ.成立に争いのない甲第7号証(平成3年9月27日付け拒絶理由通知書)によれば、本件拒絶理由通知書には、その理由Ⅰ.に、以下のとおり記載されていることが認められる。
「Ⅰ.本件出願は、下記の点で特許法第38条に規定する要件を満たしていないものと認める。
本願は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブデン-1、ポリ(4-メチルペンテン-1)からなる成形物品の製造方法(特許請求の範囲第1項)、ポリエチレン繊維(同第9項)、ポリプロピレン繊維(同第15項)、ポリオレフィンゲル繊維(同第18項)に関するものであって、多発明を包含しているが、いずれの項の発明を特定発明としても、他の発明が特許法第38条ただし書各号のいずれの関係をも満足していない。
また、第1項及び第18項には、それ自体に複数ポリマーに関する複数発明が包含されている。」(2頁1行ないし10行)
なお、前掲甲第4、第5号証によれば、平成2年10月8日付け手続補正書をもって願書添付の明細書記載の特許請求の範囲が訂正され(旧特許請求の範囲)、次いで平成4年4月15日付け手続補正書をもって旧特許請求の範囲が訂正されている(これが最終的特許請求の範囲であって、その1項、10項が新特許請求の範囲1項、10項である。)が、旧特許請求の範囲1項は新特許請求の範囲1項(同2項ないし9項はその実施態様項)に、旧特許請求の範囲9項、15項は新特許請求の範囲10項(同11項ないし16項はその実施態様項)に対応する(なお、原告の主張によれば、旧特許請求の範囲18項は分割出願された。)ものと認められる。
そして、本件拒絶理由書の記載中、表題理由Ⅰ.の第1段落は、「いずれの項の発明を特定発明としても、他の発明が特許法第38条ただし書各号のいずれの関係をも満足していない」としているから、特許法38条ただし書に規定する併合要件不備の拒絶理由を述べたものであることは明らかであり、他方、第2段落は、「第1項及び第18項には、それ自体に複数ポリマーに関する複数発明が包含されている」としており、各項内に包含されている発明の数を問題としているから、特許法38条本文の拒絶理由を述べたものであることが明らかである。
そうすると、本件拒絶理由通知書には、旧特許請求の範囲1項について、特許法38条本文及び同ただし書の規定に関する拒絶理由が示されていたということができる。
原告は、前記第2段落の理由、すなわち特許法38条ただし書に関する理由は、審決の理由と異なると主張する。
確かに、審決は、前示「事実」第2、3項(3)認定のように、「してみれば、新特許請求の範囲1項、10項にはそれぞれ複数発明が包含されており、発明の単一性を有しないから、本件特許出願は、発明ごとにしなければならないと規定した特許法38条の要件を満たしていない」として、38条本文の要件不備を述べており、同条ただし書の要件不備とはしていない。
しかしながら、前記のように拒絶理由通知には、38条本文の要件不備、同条ただし書の要件不備の両方の拒絶理由が含まれていたのであり、審決は、旧特許請求の範囲を補正した新特許請求の範囲1項、10項は、依然として38条本文の要件不備を解消していないと判断したものであると認められる。
もっとも、上記審決については、成立に争いのない甲第8号証(平成5年2月23日付け更正決定謄本)によれば、本件更正決定によって、審決に「[2]一方、当審において、平成3年9月27日付けで通知した拒絶の理由の概要は、本件出願は特許法第38条ただし書に規定する要件を満たしていない(理由Ⅰ.)、及び本件出願は特許法第36条第3、4項に規定する要件を満たしていない(理由Ⅱ.)、というものである。」を加える旨の更正がなされていることが認められ、その前半において「特許法第38条ただし書に規定する要件を満たしていない(理由Ⅰ.)」としたのであるけれども、これは、審決の述べている理由と併せ考えれば、「特許法第38条本文に規定する要件を満たしていない(理由Ⅰ.)」の誤記であることは明らかというべきである。
ロ.次に、原告は、前記拒絶理由中の理由Ⅰ.の第3段落には、旧特許請求の範囲「第1項…には、それ自体に複数ポリマーに関する複数発明が包含されている」と記載されているが、いかなる複数発明が包含されているのか明らかにされていないので、新特許請求の範囲1項に対する「複数発明が記載されている」との拒絶理由とみることはできないと主張する。
前掲甲第4号証によれば、旧特許請求の範囲1項には、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブデン-1、ポリ(4-メチルペンテン-1)よりなる群のポリマーに対する熱可塑性成形物品の製造方法の発明が記載されているが、前記「それ自体に複数ポリマーに関する複数発明が包含されている」との記載は、原告が主張するように、いかなる複数発明を包含しているかについて具体的に述べていないが、「複数ポリマーに関する複数発明」と記載しているから、特許出願人であれば、この拒絶理由はポリマーの種類に着目して複数の発明が包含されていることを述べているものと理解できると認められる。
そして、この観点から拒絶理由の対象となった本願明細書の記載をみてみると、後記取消事由2の<2>の判断で示すように、複数のポリマーに対応する熱可塑性物品がポリエチレン繊維である場合は、ポリプロピレン繊維の場合より顕著に異なる物性を示しているから、少なくとも、ポリエチレン繊維はポリプロピレン繊維と性質又は性能において顕著に相違し(ポリブデン-1繊維、ポリ(4-メチルペンテン-1)繊維の場合は、明細書に具体的開示がなく、この点の判断はできないが)、かつ、製造すべき目的物の種類により延伸条件を別々に規定している(本願第1発明の工程f)参照)から、旧特許請求の範囲1項の熱可塑性物品の製造方法において、少なくともポリエチレン繊維の製造方法とポリプロピレン繊維の製造方法とは単一性がないことは、当業者にとって技術上自明のことと理解されるというべきである。
そうすると、前示のように、拒絶理由には具体性にやや欠ける点があるものの、「第1項…には、それ自体に複数ポリマーに関する複数発明が包含されている」とする拒絶理由と本願明細書の記載を対比すると、拒絶理由の意味するところは当業者である特許出願人において上記の趣旨であると理解することができ、その記載に基づいて意見書の提出、さらに必要があれば手続補正書の提出など特許出願人の立場からする防御権の行使をするのに支障はないものといえるから、旧特許請求の範囲1項の発明に対して実質的な拒絶理由が通知されていたといい得ると解すべきである。
そして、旧特許請求の範囲1項と審決の対象となった新特許請求の範囲1項とは、ともに製造方法の発明であって、後者は前者を技術的に限定しているものの、前者における拒絶理由が、後記取消事由2の<2>で述べるように依然として解消されないまま存在しているといえることから、前記拒絶理由により拒絶することに手続的誤りはないというべきである。
ハ.また、原告は、新特許請求の範囲10項は、旧特許請求の範囲9項及び15項を1つの請求項にまとめ所要の訂正を加えたものであるが、新特許請求の範囲10項に複数発明が包含されているという拒絶理由通知を原告は受けていないと主張する。
前示<1>認定のように、新特許請求の範囲10項は、旧特許請求の範囲9項及び15項に対応するものであるが、当該9項及び15項に対しては、特許法38条本文の要件が不備であるとする拒絶理由は通知されていない。
したがって、新特許請求の範囲10項には、複数の発明が包含されており発明の単一性を有しないとする審決の判断は、拒絶理由に基づかない判断というべきである。
<2> 新特許請求の範囲1項には、2つの製造方法を包含するものと解されるので、発明の構成部分を明確に示しているとは認められないとの拒絶理由通知を受けていないという点について
前掲甲第7号証によれば、本件拒絶理由通知書には、その理由Ⅱ.に、以下のとおり記載されていることが認められる。
「Ⅱ.本件出願は、明細書の記載が下記の点で不備のため、特許法36条第3、4項に規定する要件を満たしていない。
特許請求の範囲第1項の記載は、発明の構成が不明瞭。また、その発明の説明・実施例が明細書中に必要十分なだけ記載されていない。…」(2頁11行ないし14行)
この記載中、「特許請求の範囲第1項の記載は、発明の構成が不明瞭」の記載は、特許請求の範囲の記載を問題としているから、特許法36条4項の要件不備を示すものである。
確かに、この拒絶理由通知書の記載は、構成中のどの点が明確に把握できないといっているのか具体的に指摘していないが、拒絶理由の対象となった旧特許請求の範囲1項の記載は、製造方法の発明であるから、a)~f)工程につき各工程相互の関係が明らかでなければならないが、当業者が同項をみた場合、その関係が明瞭でなく、特にそのf)工程は、a)~e)工程とどの様な関係にあるのか明確に把握できないといえるから、当業者である特許出願人であれば、上記拒絶理由はこの点を指摘しているものと理解し得るというべきである。
そうであれば、特許出願人は、上記拒絶理由に基づいて前述の防御権を行使することに支障はない。
さらに、後記取消事由2の<2>の判断で述べるように、審決の対象となった新特許請求の範囲1項は、旧特許請求の範囲1項とともに製造方法の発明であって、前者は後者を技術的に限定しているものの、後者における拒絶理由が前者において解消していないので、審決では、新特許請求の範囲1項は、その製造方法の中でf)工程については不明瞭な点が依然として解消されていないことから、2つの製造方法を包含するとも解されるとし、発明の構成要件を明確に示しているとは認められないと判断したのであるから、審決は、上記拒絶理由に基づいた判断をしているというべきである。
<3> 以上のとおり、審決が、イ.新特許請求の範囲1項10項について、それぞれに複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないとした点、及びロ.新特許請求の範囲1項について、特許法36条4項に規定する要件を満たしていない、とした点のうち、新特許請求の範囲1項に関する部分は、いずれも適法な拒絶理由通知がなされ、特許出願人として意見などを述べる機会を与えられたうえでなされた判断であるが、イ.のうちの新特許請求の範囲10項に関する部分は、適法な拒絶理由通知を経ずになされた判断というべきである。
しかしながら、本願は、新特許請求の範囲1項及び10項に記載された本願第1発明と第2発明という2つの発明について併合出願したものであり、併合出願された2つの発明のうち、1つの発明について拒絶すべき理由があり、当該発明について適法な拒絶理由がなされているときは、その余の発明について拒絶の理由があるか否かにかかわらず、同法49条の規定により出願を拒絶すべきものであるから、新特許請求の範囲1項について適法な拒絶理由通知を経ている以上、審判手続において、さらに、新特許請求の範囲10項について拒絶理由通知をすることなく本願を拒絶すべきものとした審決を違法とすることはできない。
(2) 取消事由2(審決の実体的判断の誤り)について
<1> 新特許請求の範囲1項、10項には、それぞれ複数の発明が包含されており、発明の単一性を有しないとの点について
イ.前示1項(1)ないし(4)認定事実によれば、本願第1発明は、ポリエチレン繊維及びポリプロピレン繊維よりなる群から選択されたポリオレフィン繊維の製造方法の発明であり、本願第1発明の目的物であるポリエチレン繊維及びポリプロピレン繊維は、概念的にはポリオレフィン繊維に包含され、ともに高強力、高モジュラスのポリオレフィン繊維であることが認められる。
しかしながら、本願発明のポリエチレン繊維は、その特許請求の範囲に「少なくとも20g/デニールの強力、少なくとも500g/デニールの引張りモジュラス」と規定し、前掲甲第2号証によれば、本願発明の実施例では「20.8~46g/デニールの強力、556~2305g/デニールの引張りモジュラス」であるのに対し、本願発明のポリプロピレン繊維は、その特許請求の範囲に「少なくとも8g/デニールの強力、少なくとも160g/デニールの引張りモジュラス」と規定し、同甲第2号証によれば、同実施例では「8.8~13.0g/デニールの強力、164~376g/デニールの引張りモジュラス」であることが認められるから、両者は、その最終製品の性質又は機能に顕著な相違があると認められる。
このような、最終製品の性質又は機能の顕著な相違は、重量平均分子量が少なくとも1,000,000のポリエチレン、又は重量平均分子量が少なくとも750,000のポリプロピレンを選択的に使用し、かつ、ポリエチレン繊維の製造方法とポリプロピレン繊維の製造方法とで延伸条件を別個に規定したことによりもたらされるものであり、両者は、最終製品を得る手段をも異にするものであるから、単一の製造方法の発明ということはできず、別個の発明と認めるべきである。
したがって、新特許請求の範囲1項には、複数の発明が包含されているとする審決の認定に誤りはない。
ロ.前示取消事由1の<1>ハ.で判断したように、新特許請求の範囲10項についてば、特許法38条本文の要件不備の拒絶理由の通知がなされているとは認められないが、前記取消事由1の<3>において説示した理由により、新特許請求の範囲1項について審決の認定に誤りがない以上、審決を違法とすることはできない。
<2> 新特許請求の範囲1項には、2つの製造方法が包含されると解されるので、発明の構成要件を明確に示しているとは認められないとの点について
前示「事実」第2、3項(4)認定のように、審決は、新特許請求の範囲1項のf)工程の記載は、
「<1> a)~e)の工程を経た後、ゲル繊維又はキセロゲル繊維の状態で2:1比未満に延伸を制限したうえで本延伸することのほか、
<2> 第二溶剤を含有するゲル繊維を延伸してポリオレフィン繊維を製造する第1の製造方法及びゲル繊維を乾燥して第二溶剤を含有しないキセロゲル繊維としてこれを延伸してポリオレフィン繊維を製造する第2の製造方法の2つの製造方法を含有するものとも解される」と判断している。
これに対し、原告は、新特許請求の範囲1項には、「第二溶剤を含有するゲル繊維を延伸してポリオレフィン繊維を製造する製造方法」は含まれていないと主張する。
この点について、審決の上記認定は、「特許請求の範囲1項の記載は、発明の構成が不明瞭」という拒絶理由に対して補正された新特許請求の範囲1項の記載について、前記理由が依然として維持できることを述べたものと解される。
すなわち、審決は、f)工程について不明瞭な点が解消していないため、依然としてa)~e)の工程とf)工程との相互関係が不明であり、その結果上記のようにも解されると述べているものと認められる。
そして、新特許請求の範囲1項における延伸工程であるf)工程は、「(ⅰ)工程c)からの第一溶剤を含有するゲル繊維、及び(ⅱ)工程e)からのキセロゲル繊維の少なくとも一方を、第二溶剤を含有する前記ゲル繊維の延伸を2:1比未満に制限しつつ、…延伸する工程から成る、前記ポリオレフィン繊維の連続製造法」とされており、延伸の段階を複数含むように規定していること、それぞれの延伸段階と「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維の延伸を2:1比未満に制限しつつ」との相互関係が不明であるため、依然として上記拒絶理由に指摘された点が解消していないものと認められる。
原告は、f)工程の意味を、
「イ.全延伸比が所定の値となること
ロ.少なくとも、(ⅰ)または(ⅱ)の繊維について延伸が行われること
ハ.(ⅰ)にも(ⅱ)にも該当しない「第二溶剤を含有する前記ゲル繊維」が延伸されることは排除しないが、その延伸比が2:1未満に制限されること」と要約できるとする。
しかしながら、新特許請求の範囲1項の記載をみても、そのように解することは困難であるというべきであって、同項の構成は不明瞭であり、審決の認定判断に誤りはないというべきである。
<3> 以上のとおりであるので、「審決は、新特許請求の範囲1項には単一の発明が記載されているにもかかわらず、複数の発明が包含されていると誤った認定判断をし、また、本願第1発明は1つの発明が明確に示されているにもかかわらず、2つの製造方法を包含するものとも解されると誤った認定判断をした違法がある」との原告の主張は認めることができない。
(3) 取消事由3(被告の信義則違反など)について
<1> 禁反言の法理ないし信義則違反について
前掲甲第8号証(本件更正決定謄本)、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第11号証(弁護士深井俊至作成の報告書)及び弁論の全趣旨を総合すると、同項で原告が主張する事実を認めることができる。
しかしながら、本件更正決定謄本の内容には誤記が存在することは、前示取消事由1の<1>イ.認定のとおりであり、したがって、釈明書の記載にも同様の誤記が存するものであり、これに気がついた被告において、上記認定のように主張を変えたことについて、禁反言の法理ないし信義則違反に該当し、許されないものということはできない。
<2> 民事訴訟法317条該当行為について
前掲甲第11号証(弁護士深井俊至作成の報告書)、「ただし書」抹消部分を除いて成立に争いがなく、同抹消部分は弁論の全趣旨により特許庁担当者によって抹消されたと認められる乙第3号証(本件更正決定原本)、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第9号証(伝言書)、同第10号証(法律事務所職員八木里花作成の報告書)によれば、特許庁担当者は、本件更正決定謄本を作成し、原告にこれを発送した後に、同原本中の「ただし書」部分を削除したものと推認される。
当該更正決定原本は、民事訴訟法312条1号の規定により、原告が被告に対して提出を求めることができる文書であるということができる。
ところで、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法194条によれば、審決に明白な誤謬があったときは、職権をもって更正決定をすることができるところ、さらに当該更正決定に明白な誤謬があったときは、同法207条、194条によりこれを更正することができるというべきである。しかるに、本件更正決定をした審判官は、このような手続によることなく、本件更正決定謄本を原告に発送した後に、直接本件更正決定原本中の「ただし書」部分を抹消したものであって、かかる措置は民事訴訟法の認める手続とはいえない。
しかし、本件更正決定をした審判官が決定中に明白な誤記が存することに気付いて前記のような行為をしたからといって、前記提出義務のある文書を毀滅し、その他使用不能に至らしめたとはいえず、本件拒絶理由通知の内容とこれに基づいてなされた審決の適法、違法の判断は本件更正決定を含む証拠によってすることができ、その結果は、既に裁判所が認定判断したとおりである。
したがって、民事訴訟法317条の規定を根拠に拒絶理由通知を受けていないという原告の主張は認められるべきであるとすることはできない。
<3> 被告の不正行為について
前掲乙第3号証によれば、前記「ただし書」部分に押捺された印影は審判長の記名下の印影に符号するようにもみえるが、印影が薄く、確定的な認定は困難であるが、仮にそのような事実があったとしても、以上認定の本件拒絶理由通知と審決の判断内容及び本件更正決定がなされた経緯からみて、本件更正決定に誤記があると認められる前記のような事情のもとにおいては、審判長のした行為を理由に、被告において原告が拒絶理由の通知を受けているとの主張をすることが権利の濫用に該当し、許されないとすることはできない。
<4> 以上のように、被告の信義則違反、民事訴訟法317条該当行為、権利濫用などを根拠とする原告の主張は認めることができない。
3 そうすると、原告が審決の取消事由として主張する点につき、いずれも理由がない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)
別紙図面
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>